市場の熱狂と生活の苦境という乖離
現在、日本の株式市場はかつてない高揚感に包まれています。積極的な財政出動への期待を背景に、日経平均株価は5万4000円という未曾有の領域へ到達しました。しかし、この数字が映し出す光景は、日本社会の全容ではありません。市場の恩恵を直接享受できるのは、株式や不動産といったリスク資産を保有する富裕層に限られています。
一方で、資産を持たない庶民層の視界は、インフレによる物価高騰と金利上昇に伴う住宅ローン負担の増大という暗雲に覆われています。企業の配当総額が20兆円を超える中、その果実の多くは資本家の元へ吸い上げられ、労働者の実質賃金は成長に取り残されています。この記事が突きつけたのは、単なる貧富の差ではなく、住む世界が完全に分断されつつあるという「残酷な現実」です。
経済行動学から見る「痛みの非対称性」
この分断が社会に与える影響は、行動経済学の観点から見るとより深刻です。人間には「損失回避性」という心理があり、資産が増える喜びよりも、生活水準が低下する痛みを数倍強く感じます。富裕層の資産が1億円を超えたというニュースは、庶民層にとっての「相対的剥奪感」を増幅させる装置として機能してしまいます。
また、経済の「K字型」の推移は、社会全体の消費マインドを冷え込ませるリスクを孕んでいます。富裕層の消費には限界がありますが、人口のボリュームゾーンである庶民層が「将来への不安」から財布の紐を固く締めれば、国内経済の循環は停滞を余儀なくされます。インフレによって現預金の価値が目減りし続ける現状は、庶民層の購買力を構造的に破壊しているのです。
なぜ格差是正は「合理的」な選択なのか
日本が格差を埋めることに執着するのは、単なる道徳的な理由からではありません。そこには国家の存続に関わる高度な合理的判断が存在します。
限界効用の最大化による社会全体の幸福
経済学における「限界効用の逓減」に基づけば、富裕層にさらなる富を積むよりも、生活困窮層の所得を底上げする方が、社会全体が得られる満足度の総量は圧倒的に大きくなります。限られた資源を最適に配分し、国全体の活力を最大化するためには、再分配による格差の縮小が最も効率的な手段となります。
ソーシャル・キャピタルと治安の維持
格差の縮小は、他者への信頼感という「社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)」を醸成します。公平性が保たれた社会では、人々はルールを遵守し、協力的な行動をとる傾向が強まります。逆に格差が放置されれば、社会の分断は深刻化し、治安の悪化や極端な政治思想の台頭を招きます。日本が誇る「安全な社会」を維持するための防衛コストとして、格差是正は不可欠な投資といえます。
国家の持続可能性としての少子化対策
経済的な不透明感は、若年層の結婚や出産を阻害する最大の要因です。格差を是正し、中間層を再構築することは、日本最大の課題である少子高齢化に対する根本的な解決策となります。将来の労働力と納税者を確保するためには、富の偏在を解消し、次世代が希望を持てる経済基盤を整えなければなりません。
結論
株価の史上最高値更新という華やかなニュースの裏側で、日本は「分断による自壊」という瀬戸際に立たされています。格差を埋めるための政策は、富裕層への懲罰ではなく、日本というシステム全体を破綻から守るための「生存戦略」に他なりません。私たちが目指すべきは、株価の数字に一喜一憂する社会ではなく、その成長の果実が毛細血管のように社会の隅々まで行き渡る、血の通った経済循環の再構築です。