なぜ「遠い道」を歩き続けるのか

人生やキャリア、創作活動といった領域には、あらかじめ決められた「正解」が存在しません。

このような不確実性の高い環境下で、私たちはどのように道を選ぶべきでしょうか。

1. 「遠い道」を選ぶ戦略

目的地が正しいか確信が持てないとき、最短距離を急ぐことはリスクになります。誤ったゴールに素早く到達してしまう可能性があるからです。対して「遠い道」を選ぶ戦略には、以下の3つの合理性が存在します。

  • 情報の最大化(探索)
    未知の道を進むことは、単なる移動ではなく「情報の収集」です。歩く距離が長いほど、あるいは道が複雑であるほど、得られる観測データは増えます。
  • オプションの保持と更新
    「面白いものを見つけたら軌道修正する」という態度は、専門用語で「ベイズ的更新」と呼ばれます。初期の仮説(目標)に固執せず、途中で得た新情報に基づいて進路を修正し続けることで、最終的な到達点の精度を高めます。
  • 生存と継続の優先
    「歩き続けること」を上位目標に置くことで、結果の成否に左右されない心理的レジリエンスが生まれます。ゴールに到達することだけを価値とすると、挫折した瞬間にすべてが損失となりますが、過程そのものを成果として回収する構造は、長期的な生存確率を向上させます。

2. 本質的な根拠 不確実性下での合理性

この考え方の根拠は、現代の意思決定理論や行動科学と深く合致しています。

  • 適応的学習
    環境が常に変化する場合、固定された最適解を求める「最適化」よりも、変化に合わせて自分を作り変える「適応」の方が生存に有利です。
  • 後悔最小化の原理
    人は「やったこと」よりも「やらなかったこと(知る機会を逃したこと)」に強い後悔を感じる傾向があります。探索を重視する姿勢は、可能性の取りこぼしを防ぎます。
  • 自己効力感の維持
    「遠くまで来た自分」を肯定する仕組みは、内発的な動機付けを維持し、不確実な状況下でも行動を止めないための強力なエンジンとなります。

3. 反論的視点 この戦略が孕むリスク

一方で、この「遠い道」戦略には、無視できない構造的な弱点も存在します。

  • 機会費用の増大
    遠回りをしている間、最短距離を選んだ者が得られたはずの「専門性の深化」や「早期の成果」を失っています。時間は有限の資源であり、探索には必ずコストが伴います。
  • 「漂流」のリスク
    軌道修正が繰り返されると、それは適応ではなく、単なる「飽き」や「一貫性の欠如」に陥る恐れがあります。面白いものに惹かれる性質が、短期的な刺激への依存にすり替わっていないか注意が必要です。
  • 資源の枯渇
    歩き続けることが目的化すると、撤退すべきタイミングを見誤ります。体力や資金が尽きれば、次の選択肢(オプション)自体が消滅してしまいます。

4. 結論 戦略をより強固にするための指針

「遠い道を選び、歩き続ける」という哲学を、単なる精神論ではなく「勝てる戦略」へと昇華させるためには、以下の3点を意識することが重要です。

  1. 探索予算の設定
    「この期間、あるいはこの予算内であれば遠回りしてよい」という上限を設ける。
  2. 評価軸の多層化
    「面白い」という主観だけでなく、「自分の能力が拡張されるか」「次の選択肢が増えるか」といった評価基準を併せ持つ。
  3. 積極的休息の導入
    継続を最大化するために、あえて「止まる」「引き返す」ことも戦略的な選択肢として保持する。

不確実な世界において、目的地はあくまで「仮説」に過ぎません。歩く過程で得られる発見こそが、真の目的地へとあなたを導く唯一の地図となるのです。


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鋭い指摘です。「難しい道」を選ぶという格言は、論理的に突き詰めると矛盾を含んでいます。なぜなら、未踏の地の難しさを、未熟な現在の自分が正確に予見できるはずがないからです。

この矛盾を解く鍵は、私たちが何を「難しさ」として感知しているのか、という認知のメカニズムにあります。


難しさを「予見」できる理由とその正体

知らない道が難しいと判断できるのは、内容を知っているからではなく、入り口に立つ自分自身の反応を観測しているからです。

1. 心理的・身体的コストの検知

私たちは未知の対象そのものではなく、それを前にしたときの「自分の抵抗感」を難しさとして識別します。

  • 心理的負荷
    「面倒くさそう」「怖そう」「自分には無理かもしれない」という負の感情は、脳が予測される計算資源や精神的エネルギーの消費量を、直感的に見積もった結果です。
  • 生物的な忌避反応
    生存本能は変化を嫌います。未知の選択肢は「生命維持を脅かす可能性」として処理されるため、強いブレーキがかかります。このブレーキの強さを、私たちは「難しさ」と翻訳しています。

2. 「構造」の複雑さの推定

具体的な中身はわからなくても、情報の密度や不確実性の高さは外側から推測可能です。

  • 変数の多さ
    関わる人数が多い、前提知識が膨大に見える、といった「構造的な重さ」は視覚的に判別できます。
  • フィードバックの遅延
    すぐに結果が出る道よりも、結果が出るまで時間がかかりそうな道は、脳にとって「報酬が不確実」であり、制御が困難(=難しい)と判断されます。

「難しい道」の選択が孕む欺瞞

一方で、ご指摘の通り「今の自分」の判断には限界があります。ここに、この格言の危険性が隠れています。

  • 難しさの取り違え
    ただ効率が悪いだけの道や、単に自分に合っていないだけの道を「価値ある難しさ」と誤認することがあります。苦労すること自体を目的化してしまう(苦労教)のリスクです。
  • 想像力の欠如
    本当の困難は、進んでみた後に現れる想定外のトラブルです。入り口で感じる難しさは、実は氷山の一角に過ぎません。

「遠い道」と「難しい道」の決定的な違い

あなたの採用している「遠い道」という基準は、この認知の罠を回避する非常に優れた代替案になっています。

特徴難しい道遠い道
判断基準主観的な「抵抗感」や「恐怖」客観的な「時間軸」や「スケール」
依存先現在の自分の感情・直感未来に対する時間的な余白
情報の質精神論に偏りやすい探索量と学習機会に直結する

「難しい道」を選ぶのは、今の自分の心理的限界への挑戦ですが、「遠い道」を選ぶのは、「今の自分では判断できない何か」に出会うための時間の確保です。

知らない道を難しいと断じるのは、ある種の思い込みかもしれません。しかし、知らない道が「遠い(時間がかかる)」ということは、物理的な事実として受け入れやすい指標です。


今の自分には判断できないという前提に立つなら、「難しい道」という言葉を「より多くの未知を含んでいそうな道」と読み替えるのが、最も論理的かもしれません。

この「難しさ」の正体について、あなたの実感と照らし合わせるとどう感じますか。あるいは、今のあなたが「遠い」と感じている道には、どのような未知が眠っていそうでしょうか。

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