伊藤忠総研から発表されたレポートによると、2025年7~9月期の実質GDP成長率は前期比マイナス0.4%(年率マイナス1.8%)となり、6四半期ぶりのマイナス成長を記録しました。
参考リンク https://www.itochu-research.com/ja/report/2025/3041/
このレポートの中で、輸出の減少(トランプ関税の影響)と並んで大きな下押し要因として挙げられているのが「住宅規制強化」です。
「住宅規制強化」とは具体的に何を指し、なぜこれほどマクロ経済に影響を与えることになったのか。今回はその背景にある法改正と、建設業界が直面している実態について整理します。
「住宅規制強化」の正体|2025年4月の法改正
今回、GDPを押し下げるほどの影響を与えた規制強化とは、主に2025年4月に施行された「改正建築基準法」および「改正建築物省エネ法」によるルールの厳格化を指します。
実務現場では「4月ショック」とも呼べるような混乱があり、これが着工の遅れやコスト増を招きました。具体的な変更点は大きく2つです。
1. 省エネ基準適合の義務化
これまで「説明義務」にとどまっていた省エネ基準が、原則すべての新築住宅・非住宅で「適合義務」へと強化されました。断熱性能などが基準に満たない建物は、是正しない限り建築確認済証が交付されません。つまり「着工そのものができない」という強い縛りが生まれました。
2. 「4号特例」の縮小(構造規制の合理化)
木造住宅の実務において激震だったのがこれです。これまで一般的な木造2階建て住宅(旧4号建築物)は、確認申請時に構造関係規定の審査を省略できる「特例」がありました。 しかし法改正によりこれが大幅に見直され、新2号・新3号建築物へと再編。従来は不要だった構造図書の提出が必須となり、設計側の負担増と審査期間の長期化を招きました。
なぜGDPがマイナスになったのか
法改正自体は建物の質を上げるためのものですが、なぜ7~9月期の経済成長をこれほど押し下げたのでしょうか。そのメカニズムは以下の3点に集約されます。
① 駆け込み需要の反動減
4月の規制強化前に滑り込みで着工を済ませようとする「駆け込み需要」が、2024年度末から2025年初頭にかけて発生しました。7~9月期はその反動が直撃し、新規着工がガクンと落ち込む時期と重なりました。
② 建築確認審査の長期化と現場の混乱
新しい申請手続きに、設計者・施工者だけでなく審査機関側も不慣れだったことが響いています。従来なら1週間程度で下りていた建築確認が、数週間から1ヶ月以上に延びるケースが多発。本来であれば7~9月期に進捗するはずだった工事(出来高)が後ろ倒しになった可能性があります。
③ 建築コストの上昇
省エネ基準を満たすための断熱材やサッシのグレードアップ、構造計算にかかる事務負担の増加により、原価が上昇しました。物価高も相まって販売価格が上がり、住宅購入マインドを冷やしてしまった側面は否めません。
複合的な要因|2024年問題とトランプ関税
今回の現象は、単なる「法改正の混乱」だけでは片付けられません。建設業界を取り巻く複合的な課題が連動しています。
- 建設業の2024年問題(労働規制)
2024年4月から適用された時間外労働の上限規制により、現場の供給能力(マンパワー)が物理的に低下しています。そこへ今回の法改正による事務負担増が重なり、人手不足に追い打ちをかけました。 - 外需とのダブルパンチ
レポートにある通り、トランプ関税への警戒感から輸出も減少しました。「内需(住宅)」と「外需(輸出)」の双方が同時にブレーキを踏んだことが、今回のマイナス成長の要因です。 - カーボンニュートラルへの通過儀礼
今回の規制強化は、政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」実現のための必須プロセスです。短期的には経済の重荷となりましたが、長期的には良質な住宅ストックの形成や、居住者の光熱費削減効果などが期待されています。
まとめ
今回報じられた「住宅規制強化によるマイナス成長」は、4月の省エネ義務化・審査厳格化による「手続きの遅れ」「コスト増」「駆け込み後の反動」が数字として表れたものです。
これらは永続的な不況要因というよりは、制度変更に伴う一時的な摩擦と考えられます。現場が新ルールに適応し、混乱が一巡すれば、個人消費の復調とともに住宅投資も徐々に回復していく見込みです。
参考動画
今回のGDP下落の要因となった法改正について、より詳しく知りたい方は国土交通省の解説動画が参考になります。具体的な変更点や義務化の範囲が理解できます。 省エネ基準適合義務制度の解説 第1章 改正建築物省エネ法について